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2019年1月 6日 (日)

「柔道」嘉納治五郎と『武士道』新渡戸稲造

講道館柔道の創始者の嘉納治五郎と、1900年に英文出版され各国でベストセラーとなった書籍『武士道(Bushido: The Soul of Japan)』の著者・新渡戸稲造は既知の間柄であったようです。
新渡戸稲造は旧5000円札の顔にもなっている人物です。

新渡戸稲造が教師生活を送る傍ら執筆し、1900年に英語で出版した『武士道(Bushido: The Soul of Japan)』は、日清戦争の勝利などで海外の諸国が日本および日本人に対する関心が高まっていた時期であったこととも相まって、ドイツ語、フランス語など各国語に訳されベストセラーとなり、当時のアメリカのセオドア・ルーズベルト大統領にも感銘を与えたそうです。

セオドア・ルーズベルト大統領というと、講道館四天王の一人、渡米した山下義韶がその実力を認められて、合衆国海軍兵学校の教官となり指導した際の大統領です。
山下義韶がセオドア・ルーズベルト大統領に認められ、合衆国海軍兵学校の教官となったのが1905年ということで、新渡戸稲造の『武士道』の影響が大いにあったことが分かります。

以前の記事にも書きました、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)による著作『Out of the East』による柔道(柔術)の紹介が1895年ですね。

嘉納治五郎と新渡戸稲造は大日本武徳会の機関誌『武徳誌』の編集顧問を二人で行っていたようです。
1907年~1909年の時期ですね。

イギリス柔道の父である小泉軍治と、シャーロック・ホームズのバリツの元ネタの人物とされる谷幸雄の二人がイギリス・ロンドンで開いていた武道会でも新渡戸稲造が講演し、嘉納治五郎がヨーロッパにおける普及の足がかりとしたという繋がりもあったようです。

新渡戸稲造は1920年から1926年に国際連盟事務局次長の要職に就いていますが、その後任に就いたのが嘉納治五郎の開いていた嘉納塾出身で教え子であった杉村陽太郎だったという縁もあったようです。

『武士道』を海外に紹介した新渡戸稲造、柔術を新たな価値観を含め発展させ「柔道」を創設し海外に普及した嘉納治五郎。二人の日本文化の担い手にして教育者にして国際人は、お互いに高め合い影響を受け合い与え合っていたのでしょうか。

柔道・武道・武術・武士道への理解を深めるために、武士道関係の書籍も読んでいこうと思います。

新渡戸稲造の『武士道』(1900年)
柳生宗矩の『兵法家伝書』(1632年)
沢庵宗彭の『不動智神妙録』(1600年代)
宮本武蔵の『五輪の書』(1645年頃)
山本常朝と田代陣基の『葉隠』(1716年頃)
といったところを読んで知識を深めようと思います。


参考文献「嘉納治五郎人脈マップ」「国際人、嘉納治五郎を支えた人たちー新渡戸稲造・杉村陽太郎ー」

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